ほつれた関係

パスポートを提示すると、馴れた手つきの機械操作の後に出国を許可する印が鈍い音と同時に押し込まれる。

その低音とは裏腹に、日頃の人間関係を軽やかに客観視できるようになる魔法染みたゲートを潜って搭乗口へと向かう。

雨で霞んだ異国の空に憂鬱を感じながら、忙しなくお土産に持ち帰るものを選んでいるうちに、もしこのまま帰国しなければ関係が薄れるのかも知れない人たちの表情が不意に浮かんできた。

支えてくれる人、褒めてくれる人、叱ってくれる人、変えてくれる人、愛してくれる人。

そのような人たちが周りにいてくれるのは、同じように自分が誰かを支えたり、影響を与えたりしているからだ。

ただ、僕が褒める相手が同様に僕を褒めてくれるとは限らないし、愛する人が愛してくれるとは限らない。

この世の中は複雑に絡み合う糸のように縫われていて、だからこそ単純なきっかけでほつれてしまう。

ほつれた糸は厄介で、丁寧に解いていかないと余計に固まって元の様には戻らなくなってしまう。

時間の流れは前にしか進まないから、不可逆な物は放置するしかなくて、その不本意な結び目を愛せるかどうかは、この布のように綿密な人間関係を古着の様に着崩せるかどうかという自分自身の中身に左右されるんだ。

人間は手先が器用だから布を切っては縫い合わせ、カットソーのように上手い具合に服をつくるけれど、毎日同じ服を着るのは面白くないから新しい出逢いを求めて色を足していくね。

継ぎ接ぎだらけになりながら、僕は最期にどんな服を着ているだろう。

君が似合ってるねと言ってくれる様な自慢のコーディネートを纏っていられるかな。

ほつれた部分を見て、その生活感を愛してくれるだろうか。

棺桶に入る時は真っ白な装束を着せてもらうだろうけど、それはもしかしたら人間関係はこれにてリセットされますという現世への許しのようなものなのかも。

それにしても、焼かれて土に戻る時に一番綺麗な身体にしてもらえるなんて、皮肉な話だよ。

僕たちは今日も、綻びた布を縫い合わせた無数の接点を纏って生きていく。

些細なことに影響されて、ほつれながらも、裸ではどこも歩けないから服に頼るしかないんだ。

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