慌ただしくすぎて行く日々にうんざりしながら、僕は何度も美容院に行くチャンスを逃していた。 正月をゆっくりと実家で過ごしたのが、まるで嘘のように記憶の中で霞む。 ようやくいつもの鏡の前に落ち着いたのは、3ヶ月振りのことだっ…
僕は産まれて間もなく高熱を出した。 あまりに小さな身体に帯びた発熱は、母を不安にさせるには十分だった。 早生まれのせいもあって、幼い頃は体力が人より追いつかなかったし、 父の厳格な教えを守って、体力をつけるために、運動部…
漠然とテレビを眺めながら同じことを呟いてしまったり、 腕を組むとき右腕が上じゃないと落ち着かないとか、 優越感より劣等感の方が心地いいと感じてしまう癖とか。 似てると思うことと、好きになることは、 時々同じ意味を持つこと…
あなたには数年の実践で得た知識と経験があって、 そのせいで肥大化した自信が見え透いていることに、出会ってすぐに気づいてしまった。 まるで凝縮されたヨーグルトみたいで、僕はその酸味に吐き気がするんだ。 ヒーロ…
僕よりも早く待ち合わせ場所に着いた君は、 錆びついたストラトキャスターを愛おしそうに膝に抱いた。 ルート音を探す人差し指が、 音楽を聞き飽きた僕に新しい響きを教えてくれる。 基準となる単音に、君だけの音が重…
これまで当たり前だったことが突然変わることに気がおかしくなるのはいつも最初だけで、 いつの間にか慣れて忘れてしまう。 自分よりも、脳の方が単純にできてるなんて、 何だか笑っちゃう話だよね。 辛いことがあると…
物体や人などが、光の進行を遮る結果、壁や地面にできる暗い領域。 それを、影と呼ぶらしい。 光が直進的に進むから、君の輪郭がその行く手を遮って影をつくる。 影ができる壁や地面には角度がついているから、 その影…
長いような短いような、時計が狂ったままの一年の中で、 たった一日だけ、 死ぬこと、生きることでは無く、 「生まれたこと」を想い出す日が、僕らにはある。 父か母か、どちらかはよく知らないけれど、 出生届と書か…
余計な光が君の輪郭を浮かび上がらせることに吐き気がして、 僕は無心でブラインドの隙間を閉じる。 まだ昼間だと言うのに、外の光を遮断してつくった暗室。 この広い暗がりの中で、 君を正確に写し出せるのは僕以外に…
決心のきっかけは理屈ではなくて いつだってこの胸の衝動から始まる という、僕自身のひとつのきっかけになってくれた歌をオーケストラの演奏で聴いた。 前奏が始まると同時に涙が溢れてきたけれど、 花粉症の僕にはその滴が痛くて、…